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講座 子ども虐待への新たなケア

良い本だし一度は読んでおくべきだとは思うけど、物足りなさも感じる

講座 子ども虐待への新たなケア (ヒューマンケアブックス)

 

  子どもの虐待に関する専門家がそれぞれの専門領域について紹介している一冊。内容としてはやや入門向けだが、基本はしっかり押さえられているので、ある程度勉強した人でも新たな発見があるかもしれない。

 1章では子ども虐待の基礎について、日本での現状や発達障害との関係、虐待の後遺症としての反応性愛着障害解離性障害について解説されている。

 2章ではアタッチメントと虐待の関係について、BowlbyやAinsworth、Mainの研究に関する基本的な説明をした後、ストレンジシチュエーション法と成人愛着面接における行動パターンと虐待の関係性が述べられる。また虐待に至りやすい養育者の特徴や社会化について書かれている。最後にアタッチメント理論を用いたケアの方法について、研究を基に方法が紹介されている。

 3章では神経科学と虐待に関して、筆者が行った研究を中心に述べられている。内容としては興味深いが、例えば「性的虐待と視覚野の容積減少」「暴力虐待と聴覚野の関係」について結果が書かれているが、結果が書かれているだけで「なぜそういう結果になったのか」についての考察がほとんどされず「虐待は脳に損傷を与える」という結論で終えられている。なぜそのような結果になったかを従来の知見と比較した考察が欲しかったところ。

 4章では児童養護施設が与える影響について、従来の否定的な影響を与える研究について紹介した後、どのような要素が求められるかが概説されている。

 5章ではペアレントトレーニングについて、具体的な症例を挙げながら解説・紹介されている。特に「実施においてどのような工夫が必要か」「支援者側のポイント」といった、実践上役立つ点が中心に述べられている。

 6章ではトラウマ焦点型認知行動療法(TF-CBT)について紹介と事例について書かれている。事例は詳細に書かれており勉強になるが、理論的な解説はあっさり目であるので、他書で理論的な部分を学んだうえで読むと良いかもしれない。7章では自我状態療法について紹介されている。6章と同様に理論的な部分はかなり省略されているので、他書で学んだうえで読むとかなり良いと思う。

 8章では虐待の経済学として、虐待がもたらす社会的な損失についてかなり広範囲に展望されている。

 9章では自立支援の実際について、歴史や理念を紹介した後に、具体的にどのような支援が行われているか、自立支援施設が抱える課題について書かれている。

 10章では愛着と虐待についての現状について2章と比べ一歩突っ込んだ観点から解説されている。例えば、アタッチメントパターンを実践上でどのように把握していくか、愛着の移行段階とそれに伴った虐待のリスク、愛着表象のモデルについて、愛着に基づいた介入について書かれている。11章では里親に関して福岡市の里親制度について紹介されている。

 

 ここまで述べたように、虐待に関するテーマについてかなり広範囲にわたって紹介されている。虐待を扱う心理士であれば必ず読んでおくべき一冊である。しかし、一つのテーマについて全てがあっさり目に書かれているので、これ以上突っ込んだ内容に進むのであれば、他の文献に当たる必要がある。最初の入門のための一冊としては良著。

 

おすすめ度:80点 

対象:学部生~臨床心理士

 

 

講座 子ども虐待への新たなケア (ヒューマンケアブックス)

講座 子ども虐待への新たなケア (ヒューマンケアブックス)

 

 

著者:杉山 登志郎 (編著)

目次:

子ども虐待への新たなケアとは
子ども虐待とアタッチメント障害
脳科学と子ども虐待―脳画像から見えるもの
子ども虐待と児童養護施設におけるケア
発達障害のある子ども虐待症例へのペアレント・トレーニング
トラウマフォーカスト認知行動療法とその応用
解離性同一性障害への自我状態療法
子ども虐待の経済学
児童自立支援施設における子ども虐待へのケア
アタッチメント障害と里親養育(その1):要保護児童への対応におけるアタッチメントの問題の重要性と課題
アタッチメント障害と里親養育(その2):社会的養護における里親養育の意義と実際