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学習障害―発達的・精神医学的・教育的アプローチ

「日本の」学習障害に関する知識・情報はこの一冊で良さそう

学習障害―発達的・精神医学的・教育的アプローチ (軽度発達障害シリーズ)

  日本を代表する発達障害専門家である著者らによって書かれた学習障害(現在のDSM的名称では限局性学習症だが、本記事では書籍に合わせて学習障害と記述する)に関する概説書。学習障害の歴史から状態像についての基礎的解説と学習障害の基礎理論、そして介入・指導法まで多角的に解説されている。本書の特徴は「日本の」学習障害に焦点を絞っている点であり、日本に特有な事例(漢字の書きの困難など)も豊富に紹介されている。本書でも触れられているが、学習障害の状態像は文化差の影響が大きい。そのため現在臨床現場で学習障害を扱う者は、本書の一読を勧める。 

 

 1章では学習障害という概念の歴史的な変遷を精神医学(1節)と教育(2節)の2つの観点から紹介している。他書では国際的な変遷が語られることが多いが、本章は日本における学習障害の歴史が述べられている点が特徴であろう。

 2章では学習障害の診断および状態像について、多角的に解説がなされている。1節では精神医学の観点から、微細脳損傷学習障害への名称変更の流れやICD・DSMの診断基準の解説、学習障害の類型について紹介されている。また、併存しやすいASDADHDなどとの混合や鑑別についても解説されている。2節では神経科学神経心理学の観点から大脳に障害が見られた症例8例について考察されている。3節では心理検査としてWISCやK-ABC、ITPAなどの知能検査とベンダーゲシュタルトといった神経心理学的検査が紹介され、それらの検査を使用した症例も紹介されている。本節では各検査の詳細については触れられていないため、詳しく知りたい読者は

 

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といった他書を読むことを勧める。本書は出版がやや古くWISC-Ⅲ等一昔前の検査であることも頭に入れておくべきである。

4節では認知心理学の観点から、学習障害の基礎理論として記憶のモデルがどのように応用可能かを紹介し、その考えを応用した症例を紹介している。5節と6節では教育の観点から学業上の問題や教育場面でどのように学習障害を理解することが望ましいかを紹介している。筆者らが立ち上げたエルデの会のアンケート調査を中心に、日々で感じる問題や学校生活で起こる困りごとなど、発達障害を持つ子どもたちが抱えやすい問題が紹介されている。また、例えば書字障害では実際に書いた文字が記載されているなど、実際の現場でどのような問題が生じているか、わかりやすく記載されている。

 3章では学習障害児が抱える問題として、障害による困難以外の副次的に抱えやすい問題が紹介されている。1節では情緒的な問題として虐待や反抗挑戦性障害、行為障害、不登校抑うつといった問題が述べられている。2節では自己評価の問題として、学習障害と自己評価の関連を調べた研究と実際の症例が概説されている。3節では親が抱える問題が紹介されている。4節では転帰として主に就職の観点から将来的な展望について述べられている。

 4章では治療教育、すなわち療育について述べられている。1節では症例を元に、療育が果たす意義を述べている。2節では療育プログラム作成の方向性について、どのように、何を行なっていく必要があるかが解説されている。3節では療育の実際として、症例を紹介しつつ具体的にどのような形で行われているかが解説されている。4節では集団療育の具体例が紹介されている。5節は併存しやすいADHDについて薬物療法の実際が紹介されている。6節では学校側のサポートの方向性として、教員の重要性が語られている。

 

 本書は学習障害の概説書として量・質ともに豊富であり、かなりの良著である。

 

おすすめ度:90点

対象者:大学院生・臨床心理士

学習障害―発達的・精神医学的・教育的アプローチ (軽度発達障害シリーズ)

学習障害―発達的・精神医学的・教育的アプローチ (軽度発達障害シリーズ)

 

筆者:

 石川 道子 (著), 辻井 正次 (著), 杉山 登志郎 (著), 斎藤 久子 (監修)

 

目次:

第1章 学習障害の歴史と動向(学習障害の歴史的展望
教育行政的観点における学習障害概念についての検討)
第2章 学習障害の診断(学習障害の精神医学的位置付け
小児精神神経学的位置付け
心理検査学的位置付け ほか)
第3章 学習障害児のかかえる問題(情緒的問題の合併
自己評価の問題
学習障害の子どもをもつ両親のかかえる問題 ほか)
第4章 治療教育(診断から治療教育へ
治療教育への導入とプログラムの作成
個別治療教育の実際 ほか)