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睡眠心理学

睡眠に関するかなりの良著&名著。しかし睡眠研究、多種多様すぎるな・・・

睡眠心理学

 

著者:

堀 忠雄

目次:

睡眠心理学とは
睡眠の評価法(1)睡眠調査・活動量
睡眠の評価法(2)睡眠ポリグラム
睡眠中の生理機能の変化
睡眠の個人差
生体リズムと睡眠
睡眠―覚醒リズムと発達
入眠期の精神生理学
入眠期の主観的体験
レム睡眠と夢
睡眠中の情報処理過程
睡眠と記憶
ストレスと不眠
睡眠改善法(1)不眠の行動療法・認知行動的介入技法
睡眠改善法(2)地域・教育現場における認知行動的介入の応用
覚醒と起床後の眠気
覚醒と眠気の評価法
日中の眠気
断眠と睡眠延長
仮眠の効果

 

 日本ではおそらく唯一の睡眠に関する心理学の研究概説書。歴史から測定法、各分野の研究に至るまで、計21章に渡り、様々なトピックが詳細に記されている。

 1章では序論として、睡眠の定義から始まり、睡眠時脳波やレム睡眠・ノンレム睡眠の発見とそれらの代表的な諸研究、入眠時心象(入眠時に感じる色のついた光線など)、夢見、眠気の生体リズムといった睡眠研究に関する歴史が概説されている。睡眠研究と言えば脳波がお決まりであるが、それ以外にも多種多様な研究領域があるのだなぁと実感させられた。

 2章と3章では睡眠の評価法について紹介されている。2章では睡眠調査や活動量の観点から、現存する質問票(OSA睡眠調査票・入眠感調査票・post-sleep inventory・朝型-夜型質問紙・ピッツバーグ睡眠質問票・mini sleep questionnaire・セントマリー病院睡眠質問票など)の解説および実際の全ての質問項目が記載されており、臨床・研究場面でしたい人は見てみるとよいだろう。ただ平均点やカットオフは記載されていないので、使う時は元の文献や先行研究を必ず参照すること。それ以外にも睡眠日誌や活動量の測定についても紹介されている。3章では睡眠ポリグラムの基本について、実際に測定する際の留意点と手順、評価方法まで詳細に紹介されている。実際に測定しない者はあまり興味が湧く話ではないが、研究等で使用する予定のある者は必ず読んでおくとよい。

 4章では睡眠時における生理機能や脳機能の変化について扱っている。はじめに睡眠そのものの機能(睡眠周期・徐波睡眠の分布・睡眠のホメオスタシスなど)を解説した後、生理機能(体温・呼吸・心拍・皮膚電位など)と内分泌系の変化、そして神経科学的変化について紹介されている。生理指標に関しては

 

の各指標部を参照すると、理解が深まる。また、神経科学的知識や内分泌的知識が乏しい者は

 

を読むと良い。特に後半は理解が難しい点も多いが、前半部は睡眠の基礎知識として理解しておくと実際の臨床場面でのアセスメントに役立つ部分も多いのではないか。

 5章では睡眠の個人差として、長時間睡眠者と短時間睡眠者、安眠型と不眠型、朝型と夜型、規則型と不規則型という4つの軸について、それぞれの定義・睡眠内容・性格特性・心理的身体的問題の4つに関する先行研究を解説している。睡眠の個人差研究は「正しい睡眠」がなかなか定義できず(そのようなものが本当にあるのかどうか知らないが)分類に困難を抱えている印象であったが、本節を読んでそのことを再確認することが出来た。

 6章では生体リズムについての解説がなされている。特に光と生体リズムの関係について主に解説されている。広く「生体リズムは本来25時間周期である」と言われてきたが、現在では異なる結果が示されていることなど紹介されている。また、それらのリズムと時差症状や交代制勤務の関連性についても解説されている。特に月曜日の朝に眠気や倦怠感が強くなるブルーマンデー現象について、同調における社会的因子の欠如の観点から捉え理解しようとしている点は興味深い。それ以外にも周期性の現象で睡眠と関連するものとして生理周期や季節変動、またレム睡眠ーノンレム睡眠の周期が覚醒時にも生じている可能性について取りあげている。

 7章では睡眠リズムと発達に関して、新生児・乳幼児、若者、成人、高齢者の4つの視点から、特に睡眠不足による悪影響について概観している。8章と9章では入眠期(睡眠と覚醒の間の「うとうと期」)を扱う。8章では入眠期の脳波について概観し「「入眠した」と言えるのはどの睡眠段階からか」というテーマについて、詳細に解説を行っている。9章では8章とは対照的に入眠期の主観的体験をテーマに、主に入眠時心像の観点に絞って先行研究の概説を行っている。10章では睡眠時に生じる夢について、どのような夢であることが多いかを主観的な体験から、なぜ生じるのかを脳波の観点から議論している。また応用的なトピックとして、明晰夢と金縛り体験についても触れ、先行研究を概観している。11章では睡眠時の情報処理として、事象関連電位を用いた諸研究を紹介している。

 12章では睡眠と記憶について解説している。睡眠が記憶を向上させることは有名であり、その理由は「睡眠時は覚えた記憶を阻害する要因がないから」であると広く知られている(つまり、起きていると様々な刺激を受けて記憶が阻害されるため、成績が落ちる)。しかし本書には、その説では説明できない現象が様々あること、多くの研究者によって様々な仮説が提案されてきたことを詳細に解説している。睡眠に興味のある者だけでなく、記憶関連の研究を行っている者・行おうとしている者も本章は一読しておくことを勧める。

 13章では不眠と関連する要因について、性格やストレスの影響について解説している。14章では就寝前活動と睡眠の関連について、音や温湿度といった外的刺激の影響と運動や入浴、リラクセーションといった自己制御可能な行動の2つの観点から解説がなされている。特に深部体温の変化という観点から様々な就寝前行動の是非を論じている部分が多く、臨床場面や研究は勿論のこと、読者の睡眠環境構築にも役立つ内容ばかりであろう。

 15章では具体的な不眠に対する認知行動的介入について、技法の理論と効果研究の結果が各技法ごとに紹介されている。内容としては睡眠衛生教育・弛緩法・刺激制御法・睡眠時間制限法と、狭義の認知行動療法と、不眠介入の代表的技法が漏れなく扱われている。具体的なマニュアルやセッションへの導入の仕方は触れられていないため、もし使用したい場合は

 

madoro-m.hatenablog.com

を読むと実践応用が容易となるだろう。紹介記事に書いたようにこの本は理論的な解説がほとんど無いが、その部分は本書でカバー可能である。

 16章では不眠介入の実践例として、高齢者と学生を対象としたコミュニティアプローチが紹介されている。17章では 起床後の寝ぼけ、いわゆる「寝ぼけ」に関する諸研究を紹介している。18章では眠気と覚醒の評価法として、Stanford sleepiness scaleといった自記式の尺度をはじめ、客観的測度や脳波などの生理学的測定法、視覚探索課題といった認知課題を用いた評価について先行研究の結果とともに紹介されている。19章では日中に生じる眠気、20章では断眠・睡眠延長、21章では仮眠の効果といったやや応用的なトピックが紹介されている。

 

 ここまで書いたように、本書は睡眠に関するあらゆるトピックを網羅するだけでなく、十分すぎるほど詳細な記述も含まれた質の高い一冊である。しかし、いかんせん内容が多種多様・広範囲に及ぶため、この一冊に書かれている内容をすべて読んで理解する必要は無く、あくまで必要とする章を読むような使い方が良いと思う。各章はほとんど独立して書かれているため、そのような読み方でも理解に支障はない。この対象範囲の広さも「睡眠研究」の特色なのであろうが・・・

 睡眠という一つのテーマについて、ここまで多様な観点から取り上げつつ先行研究の解説がなされている本というのは和書では類を見ない。名前は「睡眠心理学」であるが、心理学以外の分野であっても睡眠について研究・臨床ともに扱う者は持っておいて損はない。特に臨床場面では不眠を訴える患者・クライエントが多いことを考えると、臨床家は必ず持っておいても良いと思う。私は睡眠分野の門外漢であるが、とても勉強になり、不眠の基礎理論やアセスメント尺度の紹介もなされており実践応用に繋がる一冊であった。要望を言うとしたら、睡眠薬など薬物に関する章があっても良かったかなとは思うが、それこそ「睡眠心理学」では無くなってしまうか・・・

 

おすすめ度:100点

対象者:睡眠研究者・臨床心理士

 

睡眠心理学

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