精神疾患の脳科学講義
精神疾患と神経科学に関する超絶名著。臨床家、特に病院系で勤務している人は全員読みましょう。
統合失調症を中心とした精神疾患と神経科学の解説書。現在の研究知見から、各障害の神経メカニズムが平易に論じられている。特に本の半分を費やしている統合失調症に関しては、従来の統合失調症像ではなく「広範性非特異的高次脳機能障害」という観点から神経心理学的に状態像や神経メカニズムの捉えなおしを行っている。この捉え方は従来よりも心理学的であるため心理士にとって重要である。そして今後の統合失調症への対応は神経心理学的な知識が必須となる可能性すら感じさせる。本書では神経科学や神経心理学の基礎についてはあまり触れてないため、その辺りに詳しくない読者は
などで一通りの知識を持っておくと理解が進むであろう。
1章から6章までは全て統合失調症を扱っている。元の文章が雑誌原稿だったこともあり章ごとで重複した解説が多いが、どれも重要な部分なので良い復習となる。1章では統合失調症の状態像や従来の考え方を概説した後、筆者が提唱する「広範性非特異的高次脳機能障害」として統合失調症をどう理解できるかを紹介している。2章では高次脳機能障害の中でも実行機能に焦点を当て、統合失調症によってどの機能が障害されているかをデータを基に解説している。特に「プレパルス・インヒビションの抑制」と統合失調症を結び付けている点は興味深く、陽性症状のメカニズムとして納得できる部分が多い(ちなみに学習心理学の領域ではlatent inhibitionと統合失調症の関連が示されている。現象自体はやや異なるものだが、統合失調症の症状を引き起こしているモデルとしては統一的に考えられるのでは?)。3章ではそれらの機能障害を引き起こしている脳機能構造の異常について概説されている。神経科学を専門としない者でも理解可能な「脆弱性となる神経発達障害から症状罹患までを含む総合的なモデル」が提案されており、統合失調症者を扱う心理士は必ず理解するべき内容である。4章では統合失調症の遺伝要因がどのように症状に繋がるかを検討している。「統合失調症は遺伝的な要因が大きい」くらいのほんわかとした理解をしている人がほとんどであろうが、本章を読めばその具体的な内容を理解できるだろう。5章では統合失調症の実例として、実在した人物の症例を取り上げここまで紹介した内容をまとめている。個人的にはこのような「後付け的」症例の文章は苦手であるが、好きな人は好きかもしれない。6章ではここまで触れてこなかった統合失調症の中核症状である「妄想」をドーパミンの観点から取り上げている。
7章からは統合失調症から離れ別の疾患に移る。7章ではうつ病を「慢性ストレス疾患」として再定義し、ストレス反応の観点から取り上げている。今までうつ病という状態像をストレス性の疾患としてここまで大きく取り上げたものは、そこまで多くなかったのではないだろうか。ストレスに関する書としては
- 作者: 小杉正太郎,福川康之,島津明人,田中美由紀,林弥生,山崎健二,大塚泰正,田中健吾,種市康太郎
- 出版社/メーカー: 川島書店
- 発売日: 2002/04/01
- メディア: 単行本
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がわかりやすくて良い。
8章ではうつ病とセロトニンに関する現在の研究動向を紹介している。詳細は省くがおそらくほとんどの読者が驚く内容であると思うため、ぜひ一読していただきたい。9章では改めてドーパミンとはどのような神経伝達物質であるかを学習心理学的観点(といっても"神経科学的学習心理学"ではあるが)から紹介している。その観点からうつ病やADHD、薬物依存がどのようにドーパミンと関連しているかが述べられている。10章では慢性疲労症候群をストレスホルモンの不足と定義し、その状態像と神経メカニズムの関連を紹介している。11章ではストレスホルモンと恐怖記憶の関連性からPTSDを定義し恐怖条件づけの神経基盤などを紹介している。獲得・消去だけでなく再固定や長期増強にも触れているのは「いかにも神経科学の書だなぁ」と感じさせる。12章では精神栄養学という、食事と精神疾患の関係性を紹介しているが、まだ実証されていない部分も多く実験的な章であることは間違いないであろう。
精神疾患を神経科学的に理解するための入門書としてはかなりの良著である。なかなか脳の勉強をするモチベーションがわかない人は、この本をきっかけにして勉強してみてはいかがだろうか。
対象者:学部生~臨床心理士
おすすめ度:93点
筆者:功刀 浩
目次:
第1回 統合失調症は認知症か?
第2回 統合失調症は広汎性非特異的高次脳機能障害である
第3回 統合失調症の脳形態異常―マクロとミクロから見えてくること
第4回 統合失調症はどこからくるか―遺伝と環境の病因研究
第5回 統合失調症の発病過程―金閣寺炎上僧を通じて
第6回 妄想をつくりだすドーパミン―その統合失調症における働き
第7回 うつ病=“慢性"ストレス性精神疾患―ストレスホルモンの果たす役割
第8回 うつ病におけるモノアミンと神経栄養因子
第9回 ドーパミンの威力と魔力
第10回 慢性疲労症候群・線維筋痛症・非定型うつ病―ストレスホルモン不足による病態
第11回 ストレスホルモンと恐怖記憶―トラウマの脳科学
第12回 精神栄養学と生活指導―精神疾患と食生活,運動,睡眠
よくわかる脳のしくみ
神経科学の一歩目としては最適かもしれない
神経科学の入門書。どちらかというと一般向けに書かれたのではないかというくらいイラスト満載だが、内容はコテコテの神経科学であり、入門書としてはかなり質が高い。
1章では脳の構造と働きとして頭蓋骨や硬膜等の外的な保護システムから始まり脳の発生、成長・エネルギー源といった脳全体の話から、大脳・小脳・脳幹各領域における働きについて大まかに説明している。真面目な話だけでなく、男女の認知能力の違い(研究として
も参照)や脳の文化差、右脳人間と左脳人間といった、一般受けするトピックも多く紹介されているので、この辺りは好みが分かれそう。ただ基本的な内容はしっかり押さえられている。
2章では脳と神経としてニューロンやグリアの基本構造や機能といった神経細胞編、各種神経系や脊髄の基本を紹介している神経系編に分けられる。
3章では五感の感覚の基本が紹介されている。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・痛覚・温冷感覚と、全体を通して詳細に述べられている印象である。
4章では脳と記憶として、いわゆる認知神経科学領域における記憶研究で得られた知見が紹介されている。
5章では脳と睡眠として、睡眠と夢に関するトピックが紹介されている。興味があるものは
も参照するとよいだろう。
6章では脳と心として、感情・評価・性的欲求。ストレス・薬物といったトピックから脳の働きを紹介している。
7章では脳と老化という観点から、脳において老化がもたらす影響や認知症・脳卒中・老化防止というトピックがまとめられている。
ここまで紹介したように、多彩な内容が取り上げられている一方で神経科学を学ぶ上で重要な基礎知識もまんべんなく取り上げられている良著である。欠点は、一つ一つの内容・トピックの紹介が浅い点であるが、本書に求めるのはお門違いという者であろう。学部生はもちろんのこと、今まで神経科学領域の勉強をさぼってきた臨床心理士も読んで損は無い。
おすすめ度:85点
対象者:大学生・大学院生・臨床心理士(入門書)
著者:
福永 篤志 (監修)
目次:
第1章 脳の構造とはたらき
第2章 脳と神経
第3章 脳と感覚
第4章 脳と記憶
第5章 脳と睡眠
第6章 脳と心
第7章 脳の老化と鍛錬